私がブルーリボンを着けない理由【国防】

どうも皆さん、さんそんです。

まだまだ寒い日が続きますが、明日からはいよいよ3月。

暖かい陽気が待っている……はず(笑)


さて、普段は保守派、あるいは右派と分類されるであろう内容のブログを書いてきた私ですが、今回のブログは保守派の方々には「おまえ、ざっけんなコラ」と言われそうなタイトルを付けさせていただきました。



皆さんは「ブルーリボン運動」というものをご存知でしょうか。以下、Wikipedia引用。

ブルーリボン運動(ブルーリボンうんどう)とは、北朝鮮に拉致された日本人(日本人拉致被害者)を救出することを目的とした、日本の運動および団体。
ブルーリボンは、空と海(特に日本海)の青い色=ブルーに由来し、「近くて遠い国の関係である日本と北朝鮮の間で、空と海だけが国境無しに続き、拉致被害者とその家族や日本人が空と海を見上げて、同時に再会の時を想定している事」を意味する。団体関係者が
公共場所で行う街頭署名活動や集会を行うとき、また、北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟に属する国会議員などが左胸につけている。


そして、500円のカンパで「ブルーリボンバッジ」が配布されております。


コレとか

コレとか

コレとか



中にはパフォーマンスのために着けている人も少なからずいますが、拉致被害者の救出を願い行動している方々はたいてい着けている、そういう印象を持ちます。



私は、北朝鮮による拉致事件は国際法上からみても直接侵略であり、許されざる蛮行であると認識しています。

また、拉致された方々とその家族の心中を思うと、溢れ出るものがあります。


ではなぜ、私はブルーリボンを着けないのか。


今なお、ブルーリボンを胸に活動されている方々には申し訳ないのですが、

残りの拉致被害者は帰ってこない
帰ってくるときは北の崩壊か日本の地位失墜のとき

と私は考えています。


拉致被害者が帰ってこないと思っている人間がブルーリボンを着ける訳にはいきません。

ですので、私はブルーリボンを着けたことは生まれて一度もありません。



なぜ、残りの拉致被害者は帰ってこないと考えているのか。

それは彼らが人質・交渉材料となっており、拉致被害者の奪還を叫べば叫ぶほど、人質としての価値を高めかねないからと考えているからです。



あくまで私の推察の域を出ませんが、最終的に拉致被害者を返す交換条件として、北朝鮮が日本に核開発の認可あるいは金銭・資源的援助を求めてくるのではないかと考えています。


そうなった時に、拉致被害者奪還のために日本がこれに応じれば、日本は「テロ国家に屈した」という姿を世界に晒すことになり、日本の権威、地位、信用は失墜することになります。



自衛隊の投入などの“力技”が出来ない以上、日朝間の交渉の主導権は常に北朝鮮にあるのが現状。

日本は「テロに屈しない」という姿勢を堅固し、北朝鮮はいわば“身代金”を求めてくる。ここからどうやって拉致被害者を“奪還”できるでしょうか。



ブルーリボンに込められた思いは理解できますし、賛同も致します。

しかし、「交渉」以外のカードが切れない日本において、拉致被害者の“奪還”は不可能に近いでしょう。小泉首相の外交が奇跡的だっただけです。



小泉訪朝の2年後、北朝鮮は初の地下核実験を行いました。

私はこの時点で残りの拉致被害者は帰ってこれないと思い至りました。

それがブルーリボンを着けない理由です。



他の理由を申し上げれば、政治家、特にリベラルを自称する政党にはバッジを着けたパフォーマーが数多く存在していることでしょうか。


派生というか脱線しますが、「日本は戦後ずっと平和だった」と言う人は私は信用できません。


戦後、戦争こそありませんでしたが、領土、国民、資源、金銭、これらを日本は失い続けてきました。


一方的な略奪を受けていて何が平和か。

そして、その略奪に対して何も出来ない日本の何が平和国家か。


安倍首相は常々「日本を取り巻く安全保障環境は大きく変わってきた」と語っていますが、日本にとっては江戸末期から常に“真っ黒”の安全保障環境だと私は考えています。


過去の失敗を繰り返さないために知恵を絞れるのが人間です。

二度と繰り返されぬように、戦後の日本が失い続けたものを法に、政治に反映させるのが我々国民の責務なのではないでしょうか。



平成28年2月29日

さんそん


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